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無意識へのシナリオ

4-1. 重要文化財・国指定史跡 恩山荘園利活用プロジェクト

 

重要文化財に指定されている温山荘園にて、TAKEHANAKE design studio × Private music salon kanonのコラボレーションで温山荘園の活用方法を考え、この場所の使い方を考えた企画を行った。

 

温山荘園は新田長次郎によってニッタ株式会社の社員やその家族の療養所として建設された。近年、重要文化財に指定され、その使われ方も様変わりした。 私たちは、新田長次郎の思いにもう一度立ち返り、訪れる人々の療養の場所となるように企画をすることで、日本の貴重な文化となった温山荘園のあり方をもう一度浮き上がらせることを目的とした。 TAKEHANAKE design studioは「香味庵」という、目に見えない茶室を造り、朝宮茶の味と香りを楽しんでいただいた。 さらに国指定史跡である庭園の石橋を舞台としたイベントも開催した。 「

場所」-琴ノ浦温山荘園-

「事」 -音 香 味-

「物」 -楽器 お皿 茶器- 企画 TAKEHANAKE design studio × Private music salon kanon 音楽 北野淳(鍵盤ハーモニカ)

お茶 朝宮茶(昇龍園) お皿・茶器 TAKEHANAKE design studio × 信楽 八山窯

場所 国指定名勝・重要文化財 琴ノ浦 温山荘園

 

 

 

無意識へのシナリオ

4-2. 物々交換という行為が可能にする広告手法

 

第一回信楽トリエンナーレに参加した。個人的な作品を作るというよりも、信楽でアートに携わる意味を考えた。 信楽は何百年という歴史を持つ陶芸の産地であり、商業の町として栄えてきたた。近年、不況のあおりを受け、町でお話を伺うと「物が売れない」という言葉を多く耳にした。 そこで「売り買い」だけではない物・事の伝え方はないかと考え、物々交換をすることを企画した。

 

ルール

①スタートは一緒に参加した写真作家3名の写真

②必ず交換者とコミュニケーションをとる

③交換時に自分の持っている交換物への思いを書いてもらい、思いも交換する

④思いを書いた紙の裏に交換した年月時間を書く(一緒に交換)

⑤お金との交換はしない(思いをお金に換算できない)

信楽のまちなかを少しでも移動する

トリエンナーレに遊びに来た人の案内役をする

信楽在住の方々と交換をし、信楽の特産物なども伝える

⑨KUMOという移動体に交換物を乗せて移動する 少し遠回りに見えるお金以外で物や事を伝える行為。しかしこの時代に本質や思いをしっかりと伝える事で今後人の心に残っていく事となる。少し変わったブランディング手法となった。

 

交換:計97回

無意識へのシナリオ

4-3 福岡県志賀島

 

「物・事・場」 福岡県志賀島(しかのしま)で行われている朝市において、2010年12月に「海の学校」という企画を行った。この地域では福岡県を中心にまちづくりの活動をしているNPO団体ミライオンを中心にまちづくり事業が運営され、海の学校では企画及びデザインに関わった。 福岡県の中心部である博多から車で20分ほどの場所にある志賀島漢委奴国王印が出土した場所としても有名で「志賀」という地名は滋賀県などにも存在し、この地域の祖先が全国に伝えたとされている。

 

志賀島

 

志賀島は陸続きになっている島で、昔は漁業の盛んな島として有名だった。しかし、現在では漁師の高齢化や島の人口減少などから漁業は衰退の一途を辿っている。そして、この島の衰退した文化・伝統は漁業だけではない。漁業の衰退に伴って、文化であった自らで魚を捌ける親や子どもが減っている現状がある。

 

場「志賀島」事「海の学校」物「シカノサラ」

 

私たちは志賀島の現状に対して、地元の魚捌き名人である主婦の方々を先生として向かえ、朝市参加者や地元住民を対象に「真似ぶ=学ぶ」をテーマに魚の捌き方教えるイベントを行った。昔当たり前にあった伝統・文化を地元住民が直に伝えること、割れたお皿で現状の志賀島を表現した「シカノサラ」や海の学校の企画内で行った「昔写真映像上映会」によって島の現状を知ってもらうことで島への愛着、危機感を感じてもらえると考えた。 参加者は、朝市で購入した魚を持ってイベント会場を訪れ、先生の見本を真似、先生から魚の捌き方を学ぶ。捌き終わった魚の切り身はシカノサラに飾られ、参加者や地元住民など皆で食した。自分で捌いた刺身の味は、買ってきた刺身とはまったく違う味であることを経験してもらい、志賀島にあった伝統・文化の素晴らしさ、島のポテンシャルの高さを伝えるきっかけ作りができた。そして皆で食べる、自分が料理した物を皆に食べてもらうことで、改めて人間が本質的に持っている喜びを体感してもらえたのではないだろうか。そして地元住民は、漁業によってまとまっていた古き良き時代を思い出し、このイベントは継続的に現在でも行われている。 海の学校という「事」とシカノサラという「物」をデザインし、その双方が関係することで、驚きや喜び、悲しみや願いを伝え、朝市参加者や地元住民に志賀島という「場」を体験してもらうことができた。

 

シカノサラコンセプト

 

もう一度島民一丸となって、島の発展のためにまとまって欲しいとの願いから、割れた陶器を墨で書かれた島の形をした書の中に接着し、ひとつの大きなお皿にデザインした。

 

書:天ケ瀬喜峰氏 協力 2012 本イベントは愛知建築士会名古屋北支部建築コンクールにて古谷誠章賞受賞

無意識へのシナリオ

時代が変わると職種の主体性も大きく変わる。

 

現在、建築以外の分野のクリエイターやアーティストが建築という分野に足を踏み入れていることは本文中でも紹介した。そこでこれから建築という分野の中で重要な位置付けとなるのが、大工などのつくることのできる職人だと考える。

 

手に職がある職人は、発想する立場にあるクリエイターやアーティストにとってとても重要な存在になるのだ。 建築家が発想していた建築という分野が、多くの発想者によって様変わりする世界を想像する。

 

そこでTAKEHANAKE design studioでは「SHOKUNIN」プロジェクトと題し、模型製作の小さな建築である「細かいものをつくる能力」を活かして、これまでにない職人を目指している。 材料などは日本の伝統文化の遺伝子を受け継ぐが、技術や製法は全くこれまでにない様な、これまでのあったものを進化させた様なプロダクト製品の開発を行っている。

 

私は現在世界で認めらている日本の伝統文化が飽和状態になってもなお、日本の伝統文化が認められるには進化するしかないと考えている。 進化とは、今現在認められていないからこそ進化といえるのだ。

 

 

 

無意識へのシナリオ

おわりにとこれから

 

今でも「あなたの職業はなんですか」と聞かれます。

 

ある人は私を紹介する時に「元建築家の」と言ったことがあります。 「職業や資格」で人を判断するのではなく、名前やブランド名で価値を判断するような時代になりつつある現代、それは分野というものが曖昧になってきているからです。

 

色々なプロジェクトを自分自身でつくり出したり、参加してきたのですが、私は今まで自分が建築家ではないと思ったことはありません。神戸芸術工科大学環境デザイン学科に入って建築を学んだ日から、全て建築的思考からスタートすることから逃れられないのです。

 

大学院入学早々に感じた「 これから迎える社会において今の建築でいいのだろか 」という問いから始まった小さな建築や情報を使った設計手法の追求は、今まさにその問いと問いに対する行動の正しさを感じています。

 

建築家とは、1つの分野を突き詰めるような大きな山なのではなく、広大な平野のように多くの分野を組み合わせる職種。そうなりつつあるのだと感じています。 そしてそのあり方はこれからの社会に適しているとも思います。

 

これからもOS的思考の建築や小さな建築の追求と共に、他分野においてプロジェクトに関わっていくと思います。しかしそれは建築の可能性やものづくりの可能性を追求する行動であり、これからの社会を創造するものになると考えています。

 

 

 

 

質量保存の法則

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人は死んだらどうなるのか。

 

意識については全く分かりません。

 

でも質量保存の法則があるとすれば、人が死んでも地球上や宇宙の中には質量は減ることなく存在するということになります。

 

そういう意味で輪廻転生は嘘ではありません。

 

毎日新陳代謝している状況と同じです。

 

物を大切にするということは、新陳代謝して居場所を変えた自分の質量を大切にすることに繋がるのかもしれませんね。

 

画像:作品「無限に続くものの正体」 第25回紙わざ大賞入選作品

 

 

 

 

 

数万円で会えるなら...

一昨年亡くなった祖父。

 

住んでいる場所が東京と福岡という距離で交通費も馬鹿にならなかった。

 

でも今なら思う。

 

数万円で会えるなら...。

 

数万円で会えるなら今すぐにでも会いたい。

 

この経験をしてから会いたい人にはすぐに会いに行くようになった。

 

この経験をしてから作りたいものをすぐ作るようになった。

 

数万円で済むのなら...。大きな金額だけど、変えがたいものがある。